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コミュ障の原因と治し方を考察してみた

コミュ障とは

 そもそもコミュ障とはなんでしょうか?

コミュニケーション障害(コミュニケーションしょうがい)は対人関係を必要とされる場面で、他人と十分なコミュニケーションをとることができなくなるという障害のこと。コミュ障(コミュしょう)とも称されるが、これは実際の障害とは関係なく単にコミュニケーションが苦手な人を指すネットスラングとして使われることが多い。

(Wikipediaから引用)

 

 やはり、実際の疾病というわけではないですね。

 

 僕もコミュ障ではありませんが、どちらかといえば他者とのコミュニケーションは得意な方ではありません。しかし、僕の仕事はプロジェクトマネージャという、立場上プロジェクトメンバーとのコミュニケーションが必要不可欠な職種です。さすがにプロジェクトを管理する立場が挙動不審はまずいですからね。

 

 この記事ではコミュ障の原因と治し方について考察します。

 

 

僕の妹はいわゆる「リア充」だが

 僕には妹がいますが、いわゆる「リア充」です。

 

 友達の絶対数も僕より多いですし、人生を楽しんでいる感じがすごいです。 

 

 しかし、妹は会話力、傾聴力といった基礎的なコミュニケーション能力が、僕に比べて特に優れているわけではないのです。にも関わらず、僕よりも「リア充」なのです。

 

 この違いから原因を考えてみました。

 

 

 

僕の妹はみんなが好きなものが抵抗なく好き

 僕の妹は、いわゆる流行り物が好きです。

 

 わかりやすく、妹とコミュニケーションの得意ではない僕の違いを表にまとめてみました。

対象
好きな音楽 J-POP パンク
飲み会 好き 嫌い
流行りの店 行く 行かない
ドラマ 好き 見ない
他人の誕生日 祝う 興味なし
部活 運動部 帰宅部

 

 お気づきでしょうか?僕の妹は世間のみんなが好きなものに対して、何の抵抗もないのです。

 

 それにしても、同じ家庭環境で育ったのにも関わらずこうも違いが出てくるものなのですね。こうやって表で対比すると僕のクソっぷりが際立ちます。よく僕は結婚できたな...。妻よ、ありがとう。

 

 

 話を戻します。妹が「リア充」なのは、決してコミュニケーション能力の優劣の問題ではないのです。世間と興味の重複範囲が大きいので、コミュニケーションに抵抗を感じないだけなのです。悪い言い方をすると大衆に溶け込んでいるだけなのです。

  

 逆にコミュ障と呼ばれる人は、この重複範囲が狭いので、コミュニケーションに非常にストレスを感じるのです。大衆に溶け込む要素が少ないということです。

 あー、「PUNKS NOT DEAD」って言ったの誰だよー、ゴリゴリのハードコア聴いてたら生きづらくてしょうがない

 

 

結局は興味の範囲がものをいう

 コミュ障を自称するみなさんも、例えば自分の興味のあるオフ会などでは饒舌になるのではないでしょうか?それは限られた興味の範囲が重複する場だからです。

 

 言うなれば、僕の妹をはじめとしたコミュニケーション能力が高いとされる人は、興味の範囲が広いので社会生活全体がオフ会みたいなものです。無双状態ですね。

 

 

 逆に言うと、例えば僕のパンク好きの界隈の仲間に囲まれると、僕の妹といえども普段のコミュニケーション能力は発揮できません。なぜなら妹とそのコミュニティの興味の重複範囲があまりにも狭いからです。妹はパンクロックに少しも興味がないからです。妹の好きな嵐の新曲がゴリゴリのハードコアなら話は別ですが。

 

 

コミュ障を克服するには方法が2つ

1. 自分の興味のあるコミュニティに飛び込む

 これが一番手っ取り早いです。要はオフ会のような限られたニッチなコミュニティで過ごすことです。

 しかし、生活費を稼ぐために会社組織に入るとなると、なかなか選り好みできないのも現実です。

 

2. みんなが好きなものに興味をもつ

 よく「会話の第一歩は天気の話」と言います。これに従い、あなた自身の興味の範囲を広げていくことです。

 

 とはいえ、興味のない音楽を聴いたり、興味のない飲み会を好きになれ、というのは苦痛なものです。さすがに3代目J Soul Brothersを聴け、と言われたらキツイっすね。ちなみに3代目さんはゴリゴリのハードコアの曲とかあるんですか?

 

 

 閑話休題、日本社会では特に同質性を求められます。どうしても自分を曲げたくなければ、やはり、自分の興味のあるコミュニティを探して、そこに飛び込む方がストレスフリーです。それが難しいのであれば、興味の範囲を広げる努力するしか選択肢はなくなります。

 

 うーん、生きるって難しいですね。

 

 

 

まとめ

 結局は『コミュニケーション能力』という目に見えない抽象的な能力など、そもそも存在しません。誰しも興味の範囲が重ならなければコミュニケーションを取るのは苦痛だということです。

 

 つまりポイントは以下の2点に集約されます。

  • コミュニケーションに必要な労力が大きいからコミュ障
  • 興味の範囲が広ければコミュニケーションに必要な労力を軽減できる

 まぁ、うつ病が何言ってんだって話ですけどね...。

 

 

 「大衆に迎合しろ」と言いつつ、僕自身はテレビを見ない生き方を推奨しています。