のほほん帝国

のほほんとした雑記です。

天才と凡人を分けるもの。ヒゲとボインに手招きされた天才。

天才と凡人を分けるもの

 僕は凡人です。

 

 これは僕自身を卑下した自虐風自慢ではなく、あくまで本心です。

 

 なぜなら、僕は中学の時に本当の天才と出会ってしまったからです。

 

 と言っても、落合陽一氏のような天才ではありません。手が届きそうな存在のクラスメイトが実は天才だった、と感じたのです。

 

 ここでは、その中学時代のクラスメイト山田君(仮名)から感じた天才と凡人を分けるもの、を紹介します。

 

 

 

山田君はどこにでもいる存在だった

 山田君はどこにでもいる普通の中学生でした。成績は中の下くらい。いわゆる、勉強のできるタイプの天才ではありませんでした。

 

  • コミュニケーションも普通
  • 会話のおもしろさも普通
  • 見た目も普通
  • 成績も普通

 

 

 そんな普通づくしの山田君の天才ぶりに気がつくのはもう少し先です。

 

 

音楽の授業で、音楽鑑賞感想文の宿題が出された

 そんな中、音楽の授業で音楽鑑賞の感想文が、冬休みの宿題として出されました。

 音楽担当の先生は厳しかったので「キチンとしたものを仕上げなければならない」と思っていました。

 

 今なら、googleで「クラシック 名曲」などで検索して、youtubeで動画を見て簡単に感想文を書けるでしょう。しかし、当時はどうにかクラシックの名曲を探し、CDを自分で買ってきて感想文を書かなければなりません。不便な時代でした。

 

 ただ、すでにパンクロックにハマり始めていた中学生時代、その時しか聴かないクラシックのCDを買うより、パンクバンドのCDにお小遣いを使いたかったのです。

 

 

 そしてひらめきました。

 

「ベタに第九だ!」

 まるで箱根学園の葦木場君のようです。

「アタマん中でクラシック鳴ってる!」

 

 僕は日本の年末の風物詩、「第九」を選びました。これなら年末にテレビ放送しているので、お小遣いからの出費もゼロです。

 

 そして、僕はテレビで「第九」のサビだけ聴いて、感想文を殴り書きました。

 

「日本の年末の情景が思い浮かぶようです。」

 

 ロッキング・オンの記者なら書かない類のレビューです。

 ベートーベンが、日本の年末に感銘を受けて作曲した曲が「第九」。そんな逸話は聞いたことがありません。的外れもいいところです。ベートーベンが浅井健一のような人だったら、僕は暴行を受けていても不思議ではありません。

 

 

 

そして冬休みが終わる、山田君が聴いた曲は?

 そして、冬休みが終わりました。

 田舎の中学生の発想力は大したことありません。クラスの4割くらいが「第九」を聴いていました。多分、みんなロクに聴いていません。

 

「山田は何聴いたのー?」

 

と山田君の感想文を見ました。山田君の聴いた曲は

 

 

『ヒゲとボイン』

 

 

「?!」

 

 

「ヒゲとボイン?」

 

「うん、ヒゲとボイン。」

 

「ユニコーンの?」

 

「うん、ユニコーンの。」

 

youtu.be

 

 

僕は自分で思考の枠を作り、それにとらわれていた

 この瞬間、僕には衝撃が走りました。

 僕は「音楽の授業なのだから、クラシックを聴かねばならない」という思考の枠を作り、その枠の中でのみ考えていました

 

 しかし、山田君はそんな思考の枠を作らず、自由な発想で「ヒゲとボイン」を選択したのです。しかもユニコーンだったら、「すばらしい日々」とか、まだ曲名もマシなものがあるはずなのに、この選曲センスです。

 

「これが天才の発想か...。」

 

 中学生ながら、敗北感を感じました。

 

 山田君は「アメリカ帰りで独身のヒゲ」と、「花見の時にキスしてそれからなにもないボイン」に手招きされた天才だったのです。

 

 

 こういう思考の枠を作らない人が真の天才だと思うんですよ。