のほほん帝国

のほほんとした雑記です。

自分探しの旅から生きて帰って来た人を僕はまだ知らない

自分探しの旅から生きて帰って来た人を僕はまだ知らない

 「自分探し」という言葉が一気に有名になったのは、元サッカー日本代表の中田英寿が2006年ワールドカップ後の現役引退の際に「新たな自分探しの旅に出たい」と語ったことがきっかけだったと記憶しています。

 

 それまでは、東南アジアあたりの発展途上国に行って、安宿で沈没したりしながら、ぶらぶら遊んでくることが若者にとっての自分探しでした。いわゆる「青い鳥症候群」そのものでした。

 

 その後、「自分探し」というワードが有名になるにつれ、「自分探しw」とネガティブな印象を持たれるようになりました。

 

 これは、自分探しの旅に出た人が「自分のいいとこ、ひとつみっけ!」との発見報告をいつまでもしないことも印象を悪くしている原因でしょう。

 

 つまり、自分探しの旅に出て、生きて帰って来た人はまだ誰もいないのです。

 

 世の中にすでに溢れている「自分探し」を批判する記事を書いてもおもしろくないので、ちょっと違った視点から「自分探し」を考察してみます。

 

 

 

普段めんどくさがるから自分探しの旅に出るハメになる

 僕はうつ病で休職しています。

 

 休職して心身を休めていると、その後は自分の考えを整理することが大事になってきます。それによって、原因を突き止め、再発防止や治療に役立てていくのです。

 

 そう、僕は自分探しに近い行為をしている最中なのです。

 

 しかし、僕は自分の考えを「年一回の年末大掃除で片付ければいいやー」としか思っていなかったので、頭の中で自分の考えが散らかりっぱなしです。

 

 普段から自分の考えを整理できていれば、自分など簡単に探せたものを、年一回の年末大掃除で済ませようとするから、「世界を放浪して発展途上国の子どもとサッカーをして自分見つけたる!」という一発勝負で自分を探すハメになるのです。

 

 

自分探しの旅の行き先が海外でなければいけないと誰が決めた?

 この忙しい現代社会、確かに自分の考えをこまめに整理することはめんどくさいです。

 

 そう考えると、できるだけ楽をして、一発勝負で自分探しをしたくなる気持ちはよーくわかります。かといって「海外で自分探しの旅」というと、バカにされてしまいます。

 

 しかし、あなたは自分探しの旅が以下のようでなければならない、という固定観念にとらわれていませんか?

 

  • 旅の行き先は海外(できるだけ発展途上国)
  • 旅の期間はできるだけ長期

 

 本来、旅のスタイルはいろいろあるはずなのに「自分探しの旅」だけは金太郎飴みたいな同じスタイルになってしまうんです。

 

 

もっと自分探しの旅を気楽に考えよう

 もっと自分探しを気楽に考えてみましょう。

 

 そう、旅は本来自由なものなのです。

 

case1. コンビニ

 近所のコンビニに行く際、家族に「ちょっと自分探しに行ってくるわー。」と宣言してみましょう。

 

 現代の日本において、コンビニに行くほど気楽な「旅」はないでしょう。コンビニへ行く、という行為を自分探しの旅にしてしまえばいいのです。

 

 ただ、コンビニへ行くだけなのにすごく勇ましく感じませんか?自分探し特有の青臭さも感じません。まるで、魔王を倒す冒険へ旅立つ勇者のようです。

 コンビニに行くまでにあれこれ考えていると意外と発見があるものです。

 

case2. トイレ

 もし、お腹が痛くてトイレへ行く時も「ちょっと自分探しに行ってくるわー。」と宣言してみましょう。

 

 お腹が痛いのを我慢していることから漂う苦悶の表情が、これから始まる自分探しの旅への悲壮感にダブります。そのことが、あなたを本当の旅人にしてくれるかもしれないのです。

 トイレって個室なので、一人で集中して考えることが可能です。ここでも意外な発見が生まれる可能性は十分にあります。

 

 

 

最後に

 僕は自分探しには否定的だったんですが、身近な行為に置き換えて考えることで、案外悪くない気もしてきました。

 十四代の蔵元に行かなくても、自分探しは十分にできますね。

 それにしても生きるのってむずかしいなぁ。